日出島海岸にお越しになる観光客の皆様にとって最大の目玉は「潮吹き穴」でしょう。特にカメラが趣味のかたは日出島海岸からの方が絶好の撮影ポイントだからです。

 吹きあがる潮の高さは、波の高低によって差がありますが、特に波が荒い時には、30メートルにも達し壮観です。 昭和14年9月に国の天然記念物に指定され、平成25年9月24日に三陸ジオパークに認定されました。

 潮吹き穴がある日出島海岸は宮古層群「崎山層」で、前期白亜紀(約1億1千年万前)の地層です。この地区は多くの化石が豊産することで知られ、当時の生物相を知るうえで貴重な地層であるとともにアンモナイトなど示準化石(しじゅんかせき)によって年代が明らかになりました。

*示準化石=特定の年代だけに生きていた、生き物の化石で、それによって地層の年代がわかる。

 今から120年以上前の明治32年(1899)この日出島海岸でたくさんの化石が発見されました。化石を発見した人物は、当時郡立下閉伊簡易水産学校(現岩手県立宮古水産高等学校)の教諭をしていた八重樫七兵衛でした。八重樫は岩手県地誌編纂資料収集のために日出島海岸を調査した際に化石を発見し、東京帝国大学(現東京大学)へ鑑定を依頼するとともに、自らも学会で報告しました。学会ではその化石にヤエガシイと発見者の名前をつけて敬意を表しました。大勢の中央の学者が宮古を訪れ、地層や化石を研究した結果、日出島地区と同じような地層が田老にも、岩泉にも、田野畑にも広がっていることが確認され、これらの地層を初めて発見した宮古にちなんで宮古層群と名付けられ、現在東アジアの白亜紀前期の標準層序(ひょうじゅんそうじょ)となっています。

*標準層序=基準として選ばれる一連の地層

八重樫七兵衛(Yaegashi, S.), 1900, 陸中國下閉伊郡沿岸の化石産地(Fossil locality on the coast of Shimohei area in Rikuchu).地質雑(Jour. Geol. Soc. Japan), 7, 187. English translation from the original written in Japanese.
https://jlc.jst.go.jp/DN/JALC/00382716070?type=list&lang=ja&from=J-STAGE&dispptn=1

=現在の日出島海岸=

石浜だった日出島海岸は漁港造成のためすべてセメントに覆われもっとも、人工化が進んだ地域です。大きな堤防が周りを囲みこの地域が、化石を豊産した面影はありません。

堤防から右側が潮吹き穴です。


  先人への敬意と感謝を込めてお亡くなりになった佐々木福司さん(1928~2016)の想い出を語りたいと思います。このたびご遺族から68箱の、化石が入った千数百点が宮古市へ寄託されました。生前マスコミからは「化石ハンター」として度々、紹介されました。とくに石浜の海岸がセメントに覆われることから、その自然が失われ「化石の浜がなくなる」危機感、港の改修工事で掘り出された岩石も廃棄されるに及んで収集することの使命を感じたと言います。42歳の時には田老図幅の中で、島津教授から宮古層群、崎山層として紹介されたことをとても誇りに思うと話しておられました。

島津光夫・田中啓策・吉田 尚(Shimazu, M., Tanaka, K. and Yoshida, N.), 1970, 田老地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅)(Geology of the Taro District. With Geological Sheet Map at 1: 50,000), 地質調査所(Geol. Surv. Japan), 54p.

先生随伴での崎山小学校の子供たちに「化石が見つかった場所は日出島海岸だけど地層で言えば宮古層の中の崎山層って言うんだ。自分たちの名前が付くのはうれしいことだなぁ。」と佐々木さん。

佐々木福司さん「恐竜の骨かと思って鑑定に出したのだが特定できなかった。爬虫類か魚類かもしれないね。」「いつまで生きられっかわからないけど恐竜をみつけてぇな。」子供たちは真剣な顔で聞いていました。

「左がアンモナイト、右がオウムガイ。オウムガイは古生代に生きていた。現在も存在するけどアンモナイトは中生代のおわりごろ絶滅したの。だから時代を特定できる化石なのす。だから示準化石とよばれているの。何、漢字がわからない?後で先生から聞いて。」

そして佐々木さんは庭にあった丸い石を指さします。「ほらこの石の白い線が、何かの形に見えないかなぁ。何かが隠れているように見えないだろうか?・・と・このように皆さんが大人になっても好奇心は大切だぁな。そして一歩進んで調べてみよう。」と話されました。