三王岩(さんのういわ)は海に向かって左から女岩、男岩、太鼓岩の三つの巨岩からなり、岩手県の天然記念物に指定されています。


三王岩は1億年1千万年前の宮古層群からなっています。

中央の男岩の地層は上部が田野畑層(たのはたそう)、下部が羅賀層(らがそう)です。羅賀層は浸食に弱く大きく削られ、下部の海蝕洞の一つは外海に貫通しています。このように羅賀層は浸食に弱いのですが、田野畑層は暖かく浅い海で堆積したために貝殻やサンゴの破片がたくさん含まれ硬く固まっています。太鼓岩は田野畑層で下部の羅賀層が浸食でなくなり横に転がっている形ですね。

では三王岩はどうして今の形になったのでしょうか。悠久の歴史をさかのぼってみましょう。


原地山層:原地山層のほとんどは著しく変質した火砕岩であり、岩質は軽くアルカリ質の輝石安山岩・ディサイト・流紋岩などであるとされている。また黒鉱 型鉱床とされる田老鉱山を伴うことも,原地山層の重要な特徴の一つである。








三王岩の海蝕洞

羅賀層は浸食に弱く外海から見ると大きく浸食され外海に通じる海蝕洞も年々大きくなっていると言われます。
将来的には羅賀層は浸食されて無くなり太鼓岩(田野畑層)みたいに残ることでしょう。

三王岩の津波石

岩手県立宮古高校の生物研究部地質班の生徒さんたちが三王岩付近で東日本大震災での津波で運ばれた「津波石」を発見、岩は約5m四方、厚さ3.3mの田野畑層で出来ている200トン以上の重量と推計され、元あった位置から北西方向に30m移動していることが確認されました。


捕獲岩(ゼノリス)

マグマが上昇して地表に噴出(ふんしゅつ)するまでの間に取り込まれた岩石であり、熱変成(ねつへんせい)を受けていることが多く母岩(ぼがん)と起源が異なる外来(がいらい)捕獲岩、起源を同じくする同源(どうげん)捕獲岩に分類されます。


たまねぎ状風化(オニオンクラック)

田老花崗岩は比較的浅いところでマグマが冷えて固まってできたため、鉱物の大きさが揃っていません。田老花崗岩は冷えるにつれ収縮して数方向にひび割れしてブロック状になっています。ひびにしみ込んだ水はブロックの中心に向かって風化を進めます。ここではブロックの中心部が球状に残っているたまねぎ状風化が見られます。


宮古層群の不整合面

三王岩の対岸には白亜紀(はくあき)の花崗岩体(かこうがんたい)の一つであるたろう花崗岩を「宮古層群(1億1000万年前から2000万年前)の礫層(れきそう)が不整合におおっています。 この不整合はどのような過程で出来たのでしょうか?不整合は堆積の中断、陸化のあった証明です。不整合面のすぐ上にある礫岩のことを「基底礫岩」といいます。この場合羅賀層がそれにあたります。


①海底に堆積した地層

②海底の地層が隆起して地上にでると(陸化)上部が風化、浸食されでこぼこした浸食面が出来る。

③この地層が沈降しその浸食の上に新しい地層が水平に堆積します。このような下の地層と上の地層との間に堆積の中断がある関係を不整合といいます。

「三王岩から化石は見つかっていないのですか?」とお客様から問い合わせがございました。三王岩に近い荒谷(ありや)地区でキマトセラス(オーム貝)の化石が見つかっています。又田老接待(せったい)にある「大島」からは示準化石(しじゅんかせき)であるアンモナイトが見つかっています。*示準化石=特定の年代だけに生きていた生き物の化石で、それによって地層の年代がわかります。


キマトセラス(オーム貝) 産出層:平井賀層

平井賀層は田野畑層の上位層となります。 

産出場所:田老乙部荒谷(おとべありや)地区

所蔵:宮古市崎山貝塚縄文の森ミュージアム


田老「大島」における化石の産状

宮古層群の中でも接待地区にある「大島」は

化石の宝庫となっています。写真の白いものは全て化石です。

写真提供:宮古市崎山貝塚縄文の森ミュージアム 


宮古層群は宮古市から田野畑村までの沿岸部に点在しており、特に「大島」はサンゴや巻貝、アンモナイトなどの化石が多く産出しています。右図は大島から見つかったアンモナイト(パラホプリテス)です。
所蔵:金澤修一氏 出典:岩泉町「大地創造」







「三王岩大地のメッセージ」と「田老地区の中生代白亜紀の化石」をA4用紙に簡単にまとめました。印刷してご利用ください。

特に三王岩遊歩道陸側は宮古層の不整合面が見られる場所として注目を集めます。その不整合は堆積の中断、陸化のあった証明です。PDF A4縦印刷)